1コリント人への手紙14:1ー25



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今日の箇所は「霊的賜物」についてのパウロの考えが書かれています。聖霊が注がれた人に与えられるという、神さまからのプレゼント、能力のこと。ここでは主に3種類出てくる。

 

1.「異言」とは、聖霊さまが与えることばによって、祈ったり賛美したりする能力のこと。日本語でも英語でもない別のことばで「◎♪!%#?!」と聞こえる。

2.「異言を解き明かす力」とは、異言が何を意味するのかを理解する能力のこと。この賜物によって、異言の意味をみんながわかることができる。

3.「預言」とは、誰もが理解できる神のメッセージのこと。神さまが誰かに伝えたいことを、預言者を通して語られることがある。

 

「教会では、異言で一万語話すよりは、ほかの人を教えるために、私の知性を用いて五つのことばを話したいのです。」19

 

異言はとっても目立つよね。だから異言を話す人を見ると、ある人は「すげー」と思うし、ある人は「狂っている、あの人」と思う。あなたはどう感じるだろう。僕は正直、はじめて異言を見たときは「『宗教』に洗脳されてしまったんだな」という印象を受けた。

 

パウロは、だれよりも異言を話す人だった(18)。決してこの賜物を軽んじていはいなく、皆が異言を話せるようになることを望んでいる。しかし彼は、異言より預言の方が教会を建て上げると言った。

 

神さまのメッセージをわかりやすく伝える「預言」は、新しく来た人や初心の人が神さまの愛を理解し、賛美へ導くことができる(24ー25)。霊的にだけでなく、知性においても祈り、賛美し、伝道しよう(15)。

 

異言は、異言を解き明かす人がいなければ自分のためになっても教会のためにならない(「異言を語る者は、それを解き明かすことができるように祈りなさい。」13)。異言は素晴らしいものだけれど、落とし穴があることをしっかりと心にとめよう。

 

【ここから重要】しかし、異言よりも預言よりももっと大切なものがある!!これがなくては元も子もない!そう、信仰、希望、愛だ。この3つはだれでに与えられ、その賜物よりも永遠に続く。逆にこれらがないと、他の賜物はなんの価値もない(13:1−2)。

 

「こういうわけで、いつまでも残るのは信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です。」1コリント13:13

 

 

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