1コリント人への手紙10:23ー11:16



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「自分のことばかり考えてはいけません。他人を思いやり、何がその人にとって最善か、よく考えなさい。」24


ギクッとくるね!でも、本当にそうだよね。


パウロが今日のところで言っているのは、偶像にささげられた肉を食べることで誰かがつまづくなら、食べるなって話。日本だって、仏壇にお供えされた食べ物を食べていいの?って迷ったことはないかな?

 

当時も、意見が割れたんだ。「そんなものクリスチャンとして食べてはいけない!」という意見。もう一つは「地と、地上にある良いものはみな、主のものであり、あなたがたを楽しませるために、あるのですから。」(26)といって、主のまえに良心のとがめがないなら食べたらいいっていう意見。その二つの意見で混乱している教会のなかで、パウロはこう言うんだ。

 

「『この肉は偶像に供えられたものです』と注意してくれる人がいたら、その人のために、またその人の良心のために、出された肉を食べるのはやめなさい。この場合、肉についての自分の判断よりも、相手の考えが、大切なのです。」(28−29)

 

あなたの言動によって、目のまえにいる人とイエスさまとの関係の妨げになりえるなら、やめることが愛だってことだ。クリスチャンは自由だ。でも、あなたの自由が誰かのつまづきになってはいけない。それが愛だ。

 

だからパウロはいう。それはちょうど、愛する人が嫌なことは、自分もしないってこと。

 

あなたの愛する人が「自分以外の人と二人きりにならないで」って言われたらどうする?「いや、自分は二人きりになったって何も変なことしないから」って言うかな?それは愛なんだろうか。

 

愛っていうのは、自分ではなく相手にとって大切なものを、自分も大切にすること。相手が嫌なら、たとえそれが自分にとってどうでもいいことでも、しないってこと。

 

パウロは自分のしたいことをするのではなく、目の前の人の最善をいつも考えてこう言った。

 

「私は、何をするにも、すべての人に喜ばれようと務めています。自分のしたいことや、つごうの良いことをするのでなく、人々が救われるのに最善のことをするのです。」(33)

 

僕たちも、今日からそうであろう。

 

 

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