1コリント人への手紙9:1ー27



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「いったい、私には、どんな権利もないのでしょうか。ほかの使徒たちのように、あなたがたの家で、客としてもてなしてもらう権利はないのでしょうか。」4

 

みんな「じっさい牧師ってどうやって生計たててるの?」って思ったことはないかな?牧師に限らず、献身者はどうやってお金のやりくりしているの?って。特に、これから主のために献身していきたいって願っている人は「でも、どうやって生活費を作っていったらいいんだろう」って思うだろう。

 

今日の箇所は、そんな疑問に真っ向勝負してる。すごくリアルな、すごく大切なところだから、ぜひ全体を読んでみよう。

 

パウロは命がけでイエスさまを伝えていた。でも、自分で違う仕事もしていたんだ。そこから生活費を作っていた。それはまるで、畑を耕している農家のおじさんが、自分の畑の収穫物は食べさせてもらえないような状況だって、今日の聖書箇所は言う。当然の権利を、あえて放棄している状態だ。でも、その状況から言うんだ。

 

「どんな報酬も求めなかった理由は、キリスト様の良い知らせをせっかく伝えても、報酬のために、あなたがたの関心が薄れるのではないかと心配したからです。」12

 

はっきり言って、み言葉のメッセージをして1万円をもらい、人々が「どうせお金のためにやってんでしょ」って少しでも思ってしまうくらいなら、

 

「飢え死にしたほうがましです」15 ということだ。

 

キリスト教国のアメリカの牧師は、高級車で日曜日に教会にきて、牧師専用の駐車場にとめて、最高級の食事をして、最高のメッセージを語り、高額の謝礼をもらい、豪華な家に住んでいる牧師だっている。


それはそれでいいんだ。その人は、その人。

 

でも、この日本という国で僕は、一ヶ月を生活するので精一杯のお給料で、24時間365日体制で人と関わり、全力でみ言葉を語っている牧師。それなのに、教会員から感謝どころか批判されて出て行かれた牧師をたくさんしっている。フェアじゃない。それでも、なぜ語り続ける。それでも、なぜ仕え続ける。それは

 

「一人でも多くの人をキリスト様に導くために、自ら進んで、また喜んで、すべての人の奴隷となりました。」19

 

僕なんて、パウロの足もとにも及ばない。地上での報いを本当に受けずに仕え続けている人に頭が上がらない。それでも、自分は「この福音宣教の働きを、わたしはお金のためにやっていない」と心からいえる。

 

同じスピリットが、あなたにも与えられているんだ。そして、僕の34年間の人生をかけて伝えたい。それは

 

神様は、主に従う人をぜったいに飢え死になんかさせない!絶対に豊かに養い、生かし、与えられたレースを完走させてくださる!!!

 

教会の神の家族から食料のおすそ分けをいただくときがある。思いもしなかったところから、献金が与えられたこともある。誰も知らないはずの主への献身を、誰かが見ていたとしか思えないことが数え切れないほどあった。

 

その誰かは、主だ。主はちゃんとあなたの献身を知っている。見てくれている。そして応えてくれるんだ。人を見ずに、主の前に誠実に生き続けよう。

 

このお方が生きておられるのを体験する献身者の人生は、なんて喜びと感謝と祝福で満ちているだろうか。おもいきって、主に献身していこう。絶対に、大丈夫だ。


P.S.祈りのリクエストがある人はいつでも連絡待ってます。