ローマ人への手紙14:1ー23



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このブログは2017年12月31日をもって、新ホームページに移転します。

 

「あなたの持っている信仰は、神の御前でそれを自分の信仰として保ちなさい。自分が、良いと認めていることによって、さばかれない人は幸福です。しかし、疑いを感じる人が食べるなら、罪に定められます。なぜなら、それが信仰から出ていないからです。信仰から出ていないことは、みな罪です。」22−23

 

ローマ14章には、主に2つのことが書いてある。

 

ひとつは、「他人をさばいてはいけない」ということ。その他人もまた、主に受け入れられ、赦されている人だ。

 

もうひとつは、「私たちは、神に対して正しくある責任がある」ということ。私たちには、信仰によって、神に従って生きることが求められており、いずれ「おのおの自分のことを神の御前に申し開きすることに」なることが決まっている。

 

私たちは、他人が正しいかどうか、それに気をもむ必要はないし、目くじら立てる必要もない。

 

けれど、自分が主の前に正しく歩めているかは、いつも気に留めておく必要がある。
もし、お酒を飲むとき、世の音楽を聴くとき、あなたの心がちくちくしだす部分があるなら、それをするべきではないだろう。

 

それを良しとするみことばを必死になって探して、良心をなだめつけるくらいなら、それをするべきではないだろう。誰かが嫌がるかもしれないと囁く声があるなら、それ以上にそれをする必然性がない限り、それをするべきではないだろう。タバコを嫌がる人の前で、でも許されているからといってタバコを吸うのは、果たしてそれは愛だろうか?

 

それでいて、あなたはしないことをするからといって、そのクリスチャンを責めるべきでもない。その人もまた、自分の信仰と良心に従って、自分の人生を歩んでいる。もしそうでなかったとしても、それをさばく権利をお持ちなのは主であり、あなたではない。

 

「そういうわけですから、私たちは、平和に役立つことと、お互いの霊的成長に役立つこととを追い求めましょう。」18

 

だから、私たちはいつでもイエス様を見上げて、イエス様のために今日も生きよう。
さばく目ではなく、イエス様の愛の目で人を見ることができるように、今日も主に求めていこう。