ローマ人への手紙7:13ー8:11

 

「そういうわけで、私は、善をしたいと願っているのですが、その私に悪が宿っているという原理を見いだすのです。」21

 

世のイメージは、クリスチャンってなんだか堅苦しくて善いことをする清い人たち。クリスチャンとは「善行をする良いやつ」のこと言うのか!?神を信じたものは、真っ白で清く美しいものになるのか!?では、まだ罪を犯してしまう僕たちは、まだクリスチャンでないのか!?

 

違う!!クリスチャンとは、自分が罪深いことを知り、その罪のために死なれたイエスさまを信じ愛し生きていくもののことを言う。すなわち、僕たち人間の本質は罪だと認め、罪のないお方を知る人のことを言う。僕たちは弱い、ちっぽけな、どうしようもないやつだ。

 

多くのまちを練り歩き神さまの愛を伝えたパウロでさえ、「私は、私のうち、すなわち、私の肉のうちに善が住んでいないのを知っています。私には善をしたいという願いがいつもあるのに、それを実行することがないからです。私は、自分でしたいと思う善を行なわないで、かえって、したくない悪を行なっています。」(18ー19)と言った。

 

いくら善いことをしたいと思っても、実行に移すのはなかなか難しい。それどころかむしろ、気がつけば自分ではしたくない悪いことをしている。そんな経験はないだろうか。ああ、クリスチャン失格だ!と落ち込んだことはないだろうか。

 

「私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。」24

 

それは他でもない、イエスさまだ。このお方こそ、唯一こんな僕たちを救ってくださる神さまだ。あなたはこれを信じるだろうか。信じられるだろうか。

 

「こういうわけで、今は、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。なぜなら、キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から、あなたを解放したからです。」1ー2

 

クリスチャンとは、自分が罪深いことを知り、その罪のために死なれたイエスさまを信じ愛し生きていくもののことを言う。イエスさまが僕たちを罪の奴隷から解放してくださったことを感謝する者のことを言う。

 

今日の祈り

「イエスさま、こんな罪深いわたしを愛してくださってありがとうございます。自分ではしたくないと思っていても悪いことをしてしまう、罪深い存在であることを認めます。しかし、あなたはこんなわたしを見捨てずいつも共にいてくださいます。どうか、まだ心の中にある罪との戦いを勝利していくことができますように、守ってください。」

 

 

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