ローマ人への手紙3:1ー31

 

「ところが、こんなふうに主張する人がいます。『でも、私たちの神様に対する不忠実は、むしろよかったのではありませんか。私たちの罪は、かえって目的にかなうのではないでしょうか。なぜなら、人々は、私たちがどんなに悪い人間であるかを見て、神様がどんなに正しい方であるかに、気づくでしょうから。・・・とんでもない!』」5−6

 

罪や弱さを正当化しちゃいけない。


「自分はこんなに弱いのに、罪深いのに、神様は愛してくれてる。神様、ありがとう!!」って言うのは何も間違っちゃいない。アーメンだ。

 

でも、そう言いながら自分の罪を改めず、弱い自分でい続けることを、選んでいるのは、あなたのあるべき姿じゃない。罪は本気で改めよう。弱さは克服していくんだ。それこそがキリストに似たものへと変えられていく、僕たちの生き方だ。

 

例えば、子供が「僕は駄菓子屋に行ったら、いつもお菓子を盗んじゃう。でもお父さんは盗んだりなんかしない。俺の父ちゃんはいつも太っ腹で、コソコソなんてしないんだ!最高にかっこいい!」と言いながら、今日も駄菓子屋でコソコソ盗みをしていたらどうだろう。それは、本当の意味で父さんを慕ってなんかいない。慕ってるなら、かっこいいって思ってるなら、盗みをやめる努力をしていくんだ。自分もかっこいい生き方を選んでいくんだ。愛する父さんが、悲しむようなことはしたくないって思うはずだ。

 

天のお父さんは、弱いあなたも、罪を犯してしまうあなたも完全に受け入れてる。完全に愛してる。そして、暗やみの行いから脱出し、弱さを克服して強くなっていくことを望んでいるし、それこそが親心だ。肉の親と違うのは、そのためにあなたを完全に導き、完全に共にいて、完全に守り抜いてくれることだ。

 

今日も、成長を与える主に信頼して、イエスさまのように生きていこう。

 

P.S.祈りのリクエストがある人はいつでも連絡待ってます。

 

 

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