使徒の働き17:16-34

 

「これは、神を求めさせるためであって、もし探り求めることでもあるなら、神を見いだすこともあるのです。確かに、神は、私たちひとりひとりから遠く離れてはおられません。私たちは、神の中に生き、動き、また存在しているのです。あなたがたのある詩人たちも、『私たちもまたその子孫である。』と言ったとおりです。」27−28


自然に目を向けてみると、不思議なことがそこにある。なぜ太陽は毎日昇るのか。なぜ実がなる前には花が咲くのか。なぜ忘れずに四季はめぐるのか。何故だろう、と探り求める時、そこに神さまとその働きを私たちは見出すことができる。

 

「もし探り求めることでもあるなら、神を見いだすこともあるのです。」

 

私の毎日でも、そうだ。神様はいつも私たちの近くで働いておられる。神様に会いに遠くにいく必要はない。神社のように「お参り」する必要はない。
ただ、神を求めない人には、それは分からない。神様に心向けない人は、同じ自然を見たって、そこに神様を感じない。

だから、神様を感じたいのなら、神様を求める者になろう。神様に対する飢え渇きが起こされるよう祈ろう。その時私たちは、神様の働きを見るようになっていく。神様を近くに感じるようになり、その方とともに歩けるようになっていく。

 

 

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