使徒の働き16:35ー17:15

 

「ベレヤの人たちは、テサロニケの人たちと比べて、ずっと心が広く、喜んで話を聞いてくれます。そればかりか、二人の言うことがそのとおりかどうか、毎日、聖書を調べるほどの熱心さです。その結果、大ぜいのものが信じました。」11−12

 

信じるものにはなんでもできる。「できない!」と信じてはいけない。「できる!」と信じることを選んでいこう。そのために、自分を信じてはいけない。「イエスさまならできる!わたしさえも用いて、奇跡だってできるんだ!」と、自分のうちに生きておられる偉大な主を信じよう。信じるには、どうしたらいいかが今日書かれてる。それは

 

「もっと牧師のメッセージがその通りかどうか聖書を調べろ!!!」

 

牧師でも、教師でも誰でも、その「人の話」をうのみにすることない。反抗しろって言ってるんじゃない。粗探しをするようにメッセージを聞いてはいけない。でも、いい意味で疑うんだ。

 

それは、心を開いて、喜んでメッセージを聞き、「ん?それってどういうこと?」ってもっと疑問を持っていいってこと。「それって本当なの?」って突っ込んでいいってこと。「腑に落ちないこと」をそのままにするのではなく、自分で聖書を調べてみよう。主への問いは必ず答えに出会う。人から答えを聞いてはいけない。神から答えをいただこう。主は必ず「あなたがしっくりくる」答えを与えてくださる。その答えが、信仰になるんだ。