使徒の働き10:34ー48

 

「神様がただユダヤ人だけを愛しておられるのではないことが、はっきりわかりました。」34

 

神様の愛を、勝手に限定していないかな?

 

たとえば、5歳の娘はけっこう出されたご飯を残す。もし自分の娘が「パパは、ご飯全部食べたわたしは愛してくれるけど、残したわたしは嫌いでしょ?」って言ったら、なんて答えようか。

 

「ここみが全部食べてくれたら嬉しいけど、残したとしても愛していることには全く変わりないよ。良いことをしても、悪いことをしても、すべきことをしても、できなくても、ここみのこと大好きなのは全然変わらないんだよ。」って言う。そして全部食べれるようにがんばろう!って励ますだろう。

 

同じように「神様は、自分のいいところは愛してくれるけど、ダメダメなところは愛してない」って思ってないかな?神様はあなたのダメダメな部分さえも愛してくれてる。

 

エスさまは「あなたの強さ」ではなく「あなたの弱さ」を背負って十字架にかかったんだから。ダメダメなところなんて100も承知で、変わらずに愛してくれている。

 

僕らが罪と戦うのは、愛されるためじゃない。愛されているからこそ、罪と戦って今日も神様の御心にしたがって生きることができるんだ。

 

神様からの自分への愛を勝手に限定しないこと。そして、神様からのあの人への愛も勝手に限定しないこと。あなたの周りにいる「あの人」「その人」も神様に愛されている。その人の罪のためにもイエス様は十字架にかかった。だから、この福音を知ることができるように、今日もわたしを用いていただこう。

 

けして変わることがない、限定されることがない、永遠につづく主の愛に感謝しよう。

 

P.S.祈りのリクエストがある人はいつでも連絡待ってます。