使徒の働き7:1ー22

 

「大祭司が、『訴えのとおりか』と尋ねた。そこで、ステファノは言った。『兄弟であり父である皆さん、聞いてください。わたしたちの父アブラハムメソポタミアにいて、まだハランに住んでいなかったとき、栄光の神が現れ、」1−2

 

エス様が復活して弟子達に聖霊を与えた後、弟子達は色々な国を巡って伝道していました。

 

ステファノもその1人です。それを見たユダヤ人は、ステファノが神を冒涜している、として訴え、ステファノは裁判に引き出されました。その時のステファノの様子が今日の箇所です。

 

ステファノは2節から53節にかけて、裁判の場で主の栄光について語ります。周りは敵だらけの中、殺されるかもしれないのに堂々と主について語ります。

 

私たちにはこれができるでしょうか? 普段生活していて、周りにクリスチャンは少ないです。「自分がクリスチャンだと言ったら、引かれてしまうのではないか…」とか、誰かが悪口を言っている時、罪だと知っていながら自分も悪口を言ってしまったり。


周りに神様のことを知っている人は少ない中、堂々と福音を語れるでしょうか?

 

聖書にはこう書いてあります。

 

「私は福音を恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です。」ローマ信徒への手紙1:16


福音は真理です。福音には力があります。福音は恥ではありません。むしろ誇りです。また、こうも書いてあります。

 

『全世界に出て行き、全ての造られたものに、福音を宣べ伝えなさい。』マルコ16:15

 

福音を宣べ伝えることは、イエス様の願いです。私たちは堂々と、福音を語っていくべきなのです。上手く言えるかな?そんな心配はいりません。

 

「私のことばと私の宣教とは、説得力のある知恵のことばによって行われたものではなく、御霊と御力の現われでした。」1コリント2:4

 

私たちの口を、聖霊様が動かしてくださいます。何を語るべきかは、主が教えてくださいます。だから何も心配することはないのです。

 

すべてを主にゆだねて、毎日を通して証していきましょう。

 

P.S. 祈りのリクエストがある人はいつでも待ってます。

 

 

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