ヨハネの福音書20:24ー21:14

 

「八日後に、弟子たちはまた室内におり、トマスも彼らといっしょにいた。戸が閉じられていたが、イエスが来て、彼らの中に立って『平安があるように』と言われた。」26

 

昨日のつづき。「平安があるように」って言われても、八日後にはやっぱりまた閉じこもってしまっていた弟子たち。

 

御言葉を聞くと「アーメン!」って思っても、やっぱり従えない自分がいるかもしれない。「平安があるように」って言われてもやっぱり平安がない自分の心に気づく。

 

弟子たちのように恐れが勝ってしまうかもしれない。トマスのように、「俺は信じない!」と疑いが勝ってしまうのかもしれない。こんなにイエスさまを求めているのに、求めていない自分もいることに気づく。


でも、恐れや疑いによって閉ざしてしまった所に、イエスさまが超自然的に入って来てくださったのが今日のストーリーだ。「まだわからんのか!この弱虫ども〜!」と責めることもできたのに、エスさまはもう一度言われた。「平安があるように」と。

 

恐れによって心に鍵をかけてしまって人と関われない自分。イエスさまの言葉に対する疑いや、反抗心によって心に鍵をかけてしまって、神と関われない自分。完全に閉じこもってしまっている自分。

 

そんな私たちに、イエスさま超自然的に入って来てくださる。そして心の真ん中に立って命の言葉を解き放つ。

 

平安に平安を重ねてくれるお方がイエスさまだ。ゆるしにゆるしを重ねてくださる。愛に、愛を重ねて何度でも立ち上がらせてくださる。この平安は、あなたを大胆にする。この平安は世の中が与えられるものとはレベルが違う。この平安は世の終わりまで共にある。

 

どんな嵐の中でも眠ることさえできる平安。自分に敵対してくるものにさえも、祝福を祈る平安。それが、イエスさまを心に迎えた人生なんだ。なんて素晴らしいんだろう。


P.S.祈りのリクエストがある人はいつでも連絡待ってます。