ヨハネの福音書10:1ー21

 

「わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。わたしは、良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます。」10−11

 

エスさまがご自分とわたしたちとの関係を説明するために、羊の例えをしたところだ。羊はわたしたちのこと。羊と関わる3種類の人たちが出てくる。それは盗人と雇い人と牧者だ。

 

盗人は盗むために来る。わたしたちから安心を盗むものは何だろう。力を盗み、喜びを盗み、感謝を盗まれてはいないか。

 

羊が盗人から身を守る方法が一つだけある。それは「盗人が住んでいる場所」を歩かないということだ。そんなところに生息していたら危険に身を置いているようなものだ。誘惑の中に自分を置いてはいないか。


次は雇い人だ。それは報酬を目的としてあなたと関わる人だ。あなたが報酬を支払うことができないなら離れていく人だ。世の中の多くの関係は結局「見返りを求める愛」だ。

 

でも、最後に出てくるのは牧者だ。イエスさまは羊のためにいのちを捨てる牧者だという。エスさまが与えるのは「なんとかやりくりできるギリギリのいのち」ではない。「豊かないのち」だ。それはあまりがでるほどの命。もう入りきらないというくらい満腹になる食事のようだ。

 

わたしたちのクリスチャンライフは「サバイバル」ではない。何度でも復帰する「リバイバル」だ。一度ダメになっても復活することができるから希望がある。

 

「盗人の世界」ではなく、「雇い人の管理下」ではなく、愛の牧者であるイエスさまのいる場所に今日も生きよう。その声が聞こえるところにいよう。豊かないのちに溢れて今日も生きよう。

 

「主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。主は私のたましいを生き返らせ、御名のために、私の義の道み導かれます。たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私とともにおられますから。」詩編23:1−4

 

P.S.祈りのリクエストがある人はいつでも連絡待ってます。