ヨハネの福音書8:21ー38

 

「そこでイエスは、その信じたユダヤ人たちに言われた。「もしあなたがたが、わたしのことばにとどまるなら、あなたがたはほんとうにわたしの弟子です。そして、あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。」31ー32

 

エスさまは「真理は僕たちを自由にする」という。どういうことだろう。

 

東京にある国立国会図書館のホールに大きな文字で「真理がわれらを自由にする」と書いてある。日本の法律をつくる国会のための図書館の理念となっているこの言葉は、図書館設立時に聖書から引用したものだという。

 

しかし、ここでいう「真理」は、図書館から得られるものなのだろうか。学問を究めることで、僕たちは本当の意味で自由になれるのだろうか。

 

聖書のいう自由とは、まさしく「罪からの解放」だ。イエスさまという揺らぐことのない絶対的存在の死は、僕たちの罪をあがなった。この事実を真理として受け止める人は、もう罪に縛られる必要はない。

 

自由とは、許されているということ。制限がないということ。笑える自由、泣ける自由、愛す自由、愛される自由。すべてにおいて制限のない方を今日も信頼し、自由が与えられていることに感謝しよう。

 

 

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