ルカの福音書19:1ー27

 

 

「人の子は、失われた人を探して救いうために来たのです。」10

 

今日よむストーリーはザアカイとイエスさまとの出会いのシーンだ。ザアカイは収税人という仕事をしていた。

 

収税人とは、まちのみんなからローマに納めるための税を集めるお仕事のこと。敵国同然のローマのために税を集めるなんて、裏切り者当然だ。みんなから嫌われる。なりたくない職業ランキングではぶっちぎりの1位だったろう。

 

ひとつ疑問点。ではどうしてこんなに嫌われる職業をザアカイはしていたのか。それは、収入面でオイシイからだ。大国ローマのためにはたらくので、それなりの額を受けていた。「彼は収税人のかしらで、金持ちであった。」(2)とあるのはそのためだ。

 

さて、そんなザアカイのいる町にイエスさまがやってきた。みんな様々な動機でイエスさまを一目見ようと集まってきていて、ザアカイもそれは同じだった。

 

しかし彼は背が低かった!コンプレックスを持っていた彼は、そこで諦めず、何としてでもイエスさまに目を向けてもらおうと木に登った。

 

イエスさまはザアカイを見つけてくれ、名前を呼んだ。「ザアカイ。急いで降りて来なさい。きょうは、あなたの家に泊まることにしてあるから。」(5)

 

みんなびっくりしただろう。ええ、あの嫌われ者のザアカイが!?あの罪人のザアカイが選ばれるなんて!そこでイエスさまが言われたのが「わたしは、失われた人を探すためにきた」というセリフだ。

 

「失われた人」というのは、神さまに背を向けている人のことだ。お金や名誉や快楽を求めて、また心の中で憎しみや嫉妬が芽生えて、神さまのことを考えられなっている人。目線が神さまではなく別のものに向いている人のことだ。

 

イエスさまが地上に来られた理由が、ここにある。イエスさまはそんな人のために来た。不自由なく生活している何の問題もない人ではなく、心にモヤモヤを抱えるあなたのためにイエスさまはいる。このことを感謝しよう。

 

「イエスはこれを聞いて言われた。『医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。』」マタイ9:12

 

ザアカイの偉いところは、諦めなかったことだ。コンプレックスのせいで何かが憚られたとき、そこで終わりにせずに、それでもイエスさまを求めるためにアクションできる心を持とう。

 

 

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