ルカの福音書15:1ー32

 

「イエスの教えを聞きにくる人たちの中には、あくどい取り立てをする取税人や札つきの悪党が、かなりいました。ユダヤ教の指導者や法律の専門家は、イエスがそういう問題の多い人々とつきあい、時には食事までいっしょにするのを見て、不平をもらしました。」1−2

 

イエスさまは「正しそうに見せる人」よりも、「自分が罪びとであり、問題を抱えていると認める人」といっしょに行動し、ご飯を食べたり、時間を過ごしたりした。なぜなら、「自分は正しい!」とか「自分はあの人よりマシだ!」と心がたかぶっている人は、イエスさまを必要としないからだ。

 

高ぶった心の行き着く先は争いやねたみ、自己中心や怒りだ。でも、自分の罪に泣き、弱さにうめき、「イエスさまが必要です!」と叫べるなら、あなたはなんて幸せ者なんでしょう!と聖書はいう。

 

「心の貧しさを知る謙そんな人は幸福です。天国はそういう人に与えられるからです。悲しみ嘆いている人は幸福です。そういう人は慰めされるからです。柔和で高ぶらない人は幸福です。全世界はそういう人のものになるからです。」マタイ5:3−5

 

正しい人ではなく、罪びとを救うためにイエスさまがいる。健康な人ではなく、病人を癒すためにイエスさまがいる。

 

今日、「今もあなたが一番必要!」と賛美しながら歩もう。すべての困難を、主へのうえ乾きへと変えよう。そうすれば、人生の土台が人のことばや自分の考えではなく、ゆるがない愛と真実のキリストのことばとなる。岩の上に立とう。

 

P.S.祈りのリクエストがある人はいつでも連絡待ってます。

 

 

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