読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ルカの福音書14:12ー35

 

「ですから、塩は良いものですが、もしその塩が塩けをなくしたら、何によってそれに味をつけるのでしょうか。」34

 

イエスさまはここで、クリスチャンのことを塩と言っている。そしてそれは良いものだと言っている。このことを喜ぼう。

 

「あなたがたは、地の塩です。もし塩が塩けをなくしたら、何によって塩けをつけるのでしょう。もう何の役にも立たず、外に捨てられて、人々に踏みつけられるだけです。」マタイ5:13

 

もし塩が塩けをなくしたら。

 

塩の力とは何だろう。

 

1つは味付けだ。「料理のさしすせそ」の「し」に当たる塩は、僕たちの生活に欠かせない調味料の1つだ。そしてそれは少量で十分の力を発揮する。むしろ過剰にとりすぎては良くない。

 

1つは腐敗防止作用だ。野菜を塩につけると腐敗防止となって長く保たせることができる。多くの悪いもの、腐敗から塩は守ってくれる。

 

1つは浄化作用だ。昔の人は歯を磨く時に塩で磨いたらしい。日本の仏教の葬式でも浄めの塩という表現はよく聞くだろう。

 

 

僕たちクリスチャンも、塩の作用を期待されている。社会に味付けをし、インパクトを与え、またその量を適切にコントロールし、義なる神を指し示し、この世の腐敗から守っていく。

 

この使命を忘れてしまえば、イエスさまは「何の役にも立たなくなる」と厳しい忠告をしている。

 

いま一度、僕たちがこの世でどうするべきか考えてみよう。イエスさまが喜ぶ生き様・愛し方をしていこう。塩のはらたきで忘れてはならないのは、いずれも「主役は味付けされるもの」であって、塩はあくまでも脇役であり続けるということだ。

 

 

shinseigroup.hatenablog.com