「復活への道−2」マタイの福音書26:6ー13

 

スペシャルデボメです。イエスさまが十字架に向かう毎日を読んで、イースターに備えよう。今日は第四日(水曜日) 「べタニヤの日(香油の日)」

 

「まことに、あなたがたに告げます。世界中のどこでも、この福音が宣べ伝えられる所なら、この人のした事も語られて、この人の記念となるでしょう。」13

 

これはマリアが十字架にかかるイエスさまにした最後の礼拝の姿。

 

「ひとりの女がたいへん高価な香油の入った石膏(せっこう)のつぼを持ってみもとに来て、食卓についておられたイエスの頭に注いだ。」7

 

食事中にマリアは石膏のつぼを割り、イエスさまに香油をそそぎ、涙と自分の髪でそれをぬぐった。そのとき弟子たちは驚きととまどいの中で彼女を責めた。「もったいない!!」香油は高価なものだったからだ。

 

何をしても、人からは批判されることがある。良いことをしても、非難されることがある。マリアも精一杯の愛をイエスさまに表したかっただけなのに責められた。でも、イエスさまは「なぜ、この女を困らせるのです。わたしに対してりっぱなことをしてくれたのです。」(10)と言った。

 

「人がなんて言うか」に振り回されてはいけない。人は目に見えることだけを評価して好き勝手言うだろう。でも、あなたは人のために生きてはいるが、人の前に生きているのではなく、神の前に生きている。

 

「人はうわべを見るが、主は心を見る。」1サムエル記16:7

 

主があなたの心を知ってくれている。そして、主はあなたの精一杯をないがしろにしない。あなたの葛藤を理解してくれるお方。それでもなおイエスに従いたいと願う心を用いてくださる。マリアのしたことは本当に世界中に宣べ伝えられる「礼拝者の姿」となった。

 

今日のあなたの礼拝が、今度はだれかの励ましに用いられていく。教会の礼拝が、街の救いに用いられていく。わたしたちの賛美がこの国を変えていく。

 

マリアのように、だれがなんと言おうと精一杯の礼拝をささげるものでいよう。

 

 

受難週のデボーションの箇所

第五日(木曜日) 「洗足の木曜日」マタイ 26:17-56、
第六日(金曜日) 「十字架」 マタイ 26:57-27:61、
第七日(土曜日) 「墓の中」 マタイ 27:62-66、
第八日(日曜日) 「イースター(復活)」マタイ 28:1-15

 

 

 

P.S.祈りのリクエストがある人はいつでも連絡待ってます。