ルカの福音書9:18−36



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このブログは2017年12月31日をもって、新ホームページに移転します。

 

「イエスは、みなの者に言われた。『だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。自分のいのちを救おうと思う者は、それを失い、わたしのために自分のいのちを失う者は、それを救うのです。』」23−24

 

あなたの十字架はなんだろう。

 

人生には確かに苦しみがある。「神さまがいるならなんでこんな苦しみを通るんだ!」と叫びたくなることもあるかもしれない。今日はひとつの詩を紹介する。

 

 

「あしあと」

 

ある夜、私は夢を見た。


私は、主と共に、なぎさを歩いていた。

 

暗い夜空に、これまでの私の人生が映し出された。

 

どの光景にも、砂の上に二人の足あとが残されていた。

 

一つは私の足あと、もう一つは主の足あとであった。

 

これまでの人生の最後の光景が映し出されたとき、 私は、砂の上の足あとに目を留めた。

 

そこには一つの足あとしかなかった。 私の人生でいちばんつらく、悲しい時だった。

 

このことがいつも私の心を乱していたので、 私はその悩みについて主にお尋ねした。

 

「主よ、私があなたに従うと決心したとき、 あなたは、すべての道において、私と共に歩み、 私と語り合ってくださると約束されました。 それなのに、私の人生のいちばんつらい時、 一人の足あとしかなかったのです。 いちばんあなたを必要としたときに、
あなたが、なぜ、私を捨てられたのか、私にはわかりません」。

 

主は、ささやかれた。

 

「私の大切な子よ、

 

私は、あなたを愛している。

 

あなたを決して捨てたりはしない ましてや、苦しみや試みの時に。

 

足あとがひとつだったとき、私はあなたを背負って歩いていた」。

 

 

 

 

主は決してあなたを見捨てない。見放すことはない。本当の苦しみは、自己中心に生きることだ。わたしたちはイエスさま中心に生きよう。そのとき、本当の喜びが魂に湧き上がる。自分の欲に死んで、キリストの言葉を信じよう。

 

 

 

「いのちが一番大切だと思っていたころ、生きるのが苦しかった。いのちより大切なものがあると知った日、生きているのが嬉しかった。」星野富弘

 


P.S.祈りのリクエストがある人はいつでも連絡待ってます。

 

 

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