ルカの福音書7:18ー35

 

「あなたがたは行って、自分たちの見たり聞いたりしたことをヨハネに報告しなさい。目の見えない者が見、足のなえた者が歩き、ツァラアトに冒された者がきよめられ、耳の聞こえない者が聞き、死人が生き返り、貧しい者たちに福音が宣べ伝えられている。」22


この報告はイエスが救い主であることを証明した。旧約から約束されていたことが目の前で現実のものになったからだ。


「そのとき、目の見えない者の目は開き、耳の聞こえない者の耳はあく。そのとき、足のなえた者は鹿のようにとびはね、口のきけない者の舌は喜び歌う。荒野に水がわき出し、荒地に川が流れるからだ。」イザヤ書35:5−6


聖書の言葉は約束のことばだ。旧約という成し遂げられた約束。そして新約という新しい約束。約束というのは感謝して受け取ったらいい。そして約束というのは過去のことではなく、未来のことだ。

 

イエスさまは歴史上の人物の一人ではない。過去の人ではなく、死をうちやぶり今も生きておられる神だ。そしてそのお方が約束を破ることはない。真実で誠実なる方。昔も今もとこしえに全てを治め、生きて働かれる主が言われる。

 

「胎内にいる時からになわれており、生まれる前から運ばれた者よ。あなたがたが年をとっても、わたしは同じようにする。あなたがたがしらがになっても、わたしは背負う。わたしはそうしてきたのだ。なお、わたしは運ぼう。わたしは背負って、救い出そう。」イザヤ書46:3−4


今も、あなたのすべては背負われている。重たい荷物も、過去の負債も、まとわりつくしがらみも全て。このお方にすべてを委ねよう。新幹線にのっているのに、自分の荷物を持ち続けている人はいない。荷物は新幹線の荷物置きに置いたらいい。そしたら椅子にすわってリラックスし、外の景色を楽しみながら目的地へ向かうことができる。

 

イエスさまを信じる人はそれに似ている。イエスさまに乗り込もう。全身で身をゆだねよう。あなたと、あなたの荷物ごとイエスさまは背負うために、十字架にかかってくださったのだから。

 

イエスさまに全てをゆだね、主がみせてくださる人生の光景を楽しもう。あなたの人生の目的地は滅びではなく救いであることを、主が約束してくださっていることに安心しよう。

 

P.S.祈りのリクエストがある人はいつでも連絡待ってます。

 

 

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