マルコの福音書10:35ー52

 

「しかし、あなたがたの間では、そうでありません。あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい。あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、みなのしもべになりなさい。人の子が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです。」43ー45

 

イエスさまが教えてくれた、生き方だ。

 

誰でも他人と比較して、自分は優れていると思いたいものだ。しかし、イエスさまは「偉くなりたいなら仕えなさい」という。その姿は、まさにイエスさまそのものだ。

 

「そこでイエスは、さらにこう言われた。「わたしに何をしてほしいのか。」すると、盲人は言った。「先生。目が見えるようになることです。」するとイエスは、彼に言われた。「さあ、行きなさい。あなたの信仰があなたを救ったのです。」すると、すぐさま彼は見えるようになり、イエスの行かれる所について行った。」51−52

 
このイエスさまの姿、優しさ、望んだことを叶える方。
 
イエスさまはなんでもできる、だから僕たちはイエスさまをあがめる、確かにそうかもしれない。でもイエスさまはそれ以上に僕たちを愛してくれているということを覚えよう。
 
何にもできない僕たちだけど、イエスさまは仕えるものとして接してくれていることに感謝しよう。
 
そして、教会の中で、社会の中で、イエスさまのように仕えるものとして生きていこう。それは周りの人に命を与え、希望を与え、福音を与える。