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マルコの福音書8:11−38

Daily Devotion マルコの福音書

 

「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架をおい、そしてわたしについてきなさい。いのちを救うおうと思うものはそれを失い、わたしと福音のためにいのちを失うものはそれを救うのです。」34−35

 

あなたが背負っている十字架があるだろう。それは病気かもしれない。後悔かもしれない。自分の弱さかもしれない。罪かもしれない。それはあなたの肩に重く重くのしかかり、あなたをむしばんでいくだろう。

 

十字架は死刑の道具。当時、死刑囚は自分の十字架を自分でかついで、丘のうえまで運ばされた。やっとのことで頂上についたらそこに待っているのは達成感でも「おつかれさま」といういたわる言葉でもない。「死」が待っている。その十字架にかかるのは、あなただ。


でも、イエスさまは自分の十字架を背負ってわたしについて来なさいと言われた。それは、奴隷のように私たちを苦しめるためではない。

 

なぜなら、イエスさまがこの重たい十字架をともに担ってくださっている。そして、丘の頂上までついたとき、「これはあなたの十字架ではない。わたしの十字架だ。」と言ってくださる。

 

あなたの運命なのに、あなたの現実なのに、あなたの落ち度なのに、イエスさまは「わたしの運命だ。わたしの現実だ。わたしの落ち度だ。」と言ってくださる。だから魂にやすらぎがある。この身には今痛みがあるかもしれない。でも、イエスさまが共にいる。そしてこの苦しみは死で終わるものではない。キリストにあって永遠の命に至る栄光へと変えられる。

 

今日も主がともにいる。すべてをこのお方に委ねて歩もう。

 

「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」マタイによる福音書11:28~30

 

P.S.祈りのリクエストがある人はいつでも連絡待ってます。

 

 

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