マルコの福音書6:1−29



新しいホームページができました!! http://sapporoshinseich.com

このブログは2017年12月31日をもって、新ホームページに移転します。

 

「この人は大工ではありませんか。マリヤの子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではありませんか。その妹たちも、私たちとここに住んでいるではありませんか。』こうして彼らはイエスにつまずいた。」3

 

5章で死人が生き返らせるという奇跡を行なったあと、イエスさまとその弟子たちはふるさと(=ナザレ)に向かった。イエスさまは安息日に会堂でメッセージをした。故郷の人たちに伝道するという重荷があったんだろう(わたしたちはどうか、故郷の人への伝道をないがしろにしていないか)。

 

そこでの町のみんなの反応は、弟子たちにとって驚いたことだろう。イエスを敬うどころか奇跡を求めることもない。さらには「ただの人間の子ではないか」とキリストを否定した。

 

町の人たちにとって、イエスはただの人間でしかなかった。救い主キリストであるとは受け入れられなかった。自分の知っている世界の範疇でものごとを考えると、キリストなんて信用できない。

 

現代でも全く同じことが言える。多くの人がキリストを受け入れられない理由の一つとして、「奇跡・十字架・復活は科学的に考えて信用できない」という。イエスがキリストであることを認めたくない!という現代人、日本人。心が痛む。

 

 

イエスさまがメッセージをした会堂に集まってきた人たちは、どのような人たちであっただろう。神さまを信じる信仰の持った人たちか、それともただ慣習で通っていた人か。

 

わたしたちはどうだろう。どういう気持ちで教会に集まるか。自分が前者か後者か考えてみよう。

 

 

 

shinseigroup.hatenablog.com