読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

みことばの食事をとる

DEVOTION

f:id:shinseigroup:20170213055243j:plain

 

 

人が生きていく上で必要なものってなんでしょうか。毎日必要で、毎日欠かせないもの。わたしたちの身体を形作り、また栄養となり、原動力となるもの。

 

その一つが、食事です。

 

 

 

さて、ここで質問です。10日間のお試し期間だとして、どちらを選びますか。

 

王様が食べるようなご馳走を食事としてとる。

 

野菜と水だけを食事としてとる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はい、そうですねご馳走ですね!!

 

 

実は、この食事方法を実際に試したという箇所が聖書の中に出てきます。ダニエル書1章を開いてみましょう。

 

 

 

 

 

世に言うバビロン捕囚のときの時代です。ダニエル書の主人公となるダニエルも、捕らえられた少年の中のひとりでした。

 

 

1ユダの王エホヤキムの治世の第三年に、バビロンの王ネブカデネザルがエルサレムに来て、これを包囲した。 2主がユダの王エホヤキムと神の宮の器具の一部とを彼の手に渡されたので、彼はそれをシヌアルの地にある彼の神の宮に持ち帰り、その器具を彼の神の宝物倉に納めた。 3王は宦官の長アシュペナズに命じて、イスラエル人の中から、王族か貴族を数人選んで連れて来させた。 4その少年たちは、身に何の欠陥もなく、容姿は美しく、あらゆる知恵に秀で、知識に富み、思慮深く、王の宮廷に仕えるにふさわしい者であり、また、カルデヤ人の文学とことばとを教えるにふさわしい者であった。 5王は、王の食べるごちそうと王の飲むぶどう酒から、毎日の分を彼らに割り当て、三年間、彼らを養育することにし、そのあとで彼らが王に仕えるようにした。 6彼らのうちには、ユダ部族のダニエル、ハナヌヤ、ミシャエル、アザルヤがいた。 7宦官の長は彼らにほかの名をつけ、ダニエルにはベルテシャツァル、ハナヌヤにはシャデラク、ミシャエルにはメシャク、アザルヤにはアベデ・ネゴと名をつけた。 8ダニエルは、王の食べるごちそうや王の飲むぶどう酒で身を汚すまいと心に定め、身を汚さないようにさせてくれ、と宦官の長に願った。 9神は宦官の長に、ダニエルを愛しいつくしむ心を与えられた。 10宦官の長はダニエルに言った。「私は、あなたがたの食べ物と飲み物とを定めた王さまを恐れている。もし王さまが、あなたがたの顔に、あなたがたと同年輩の少年より元気がないのを見たなら、王さまはきっと私を罰するだろう。」 11そこで、ダニエルは、宦官の長がダニエル、ハナヌヤ、ミシャエル、アザルヤのために任命した世話役に言った。 12「どうか十日間、しもべたちをためしてください。私たちに野菜を与えて食べさせ、水を与えて飲ませてください。 13そのようにして、私たちの顔色と、王さまの食べるごちそうを食べている少年たちの顔色とを見比べて、あなたの見るところに従ってこのしもべたちを扱ってください。」 14世話役は彼らのこの申し出を聞き入れて、十日間、彼らをためしてみた。 15十日の終わりになると、彼らの顔色は、王の食べるごちそうを食べているどの少年よりも良く、からだも肥えていた。 16そこで世話役は、彼らの食べるはずだったごちそうと、飲むはずだったぶどう酒とを取りやめて、彼らに野菜を与えることにした。』

 

 

 

バビロンがイスラエルを包囲し、その中から何人か連れて帰りました。国を広げていくために優秀な人を引き取り、地域ごとにおくためです。

 

4その少年たちは、身に何の欠陥もなく、容姿は美しく、あらゆる知恵に秀で、知識に富み、思慮深く、王の宮廷に仕えるにふさわしい者であり、また、カルデヤ人の文学とことばとを教えるにふさわしい者であった。

 

こんな少年たちを選んで、育成しようとしました。ダニエルもこの少年たちの中のひとりで、この当時15歳〜20歳くらいだったと言われています。ユースです。

 

 

捕虜として連れていかれましたが、この少年たちはいづれ王に使えるものとして養育され、その待遇は良いものでした。

 

5王は、王の食べるごちそうと王の飲むぶどう酒から、毎日の分を彼らに割り当て、三年間、彼らを養育することにし、そのあとで彼らが王に仕えるようにした。

 

 

 

しかし、それに対してダニエルは「王が食べるようなご馳走はいらない!」と言いました。

 

それは、王の食べるごちそうや王の飲むぶどう酒で身を汚すまいと心に定めたためです。ユダヤの文化として、獣など汚れたものは食べないという風習があったのではないかと言われています。

 

その代わり、「どうか十日間、しもべたちをためしてください。私たちに野菜を与えて食べさせ、水を与えて飲ませてください。」と言いました。

 

 

 

10日後、ダニエルたちは、王のご馳走を食べていた少年よりも顔色が良く、身体が肥えていました。不思議ですね。

 

 

 

わたしたちが生きていく上で食事は本当に大切になります。日々何を食べるかによって体つきは変わっています。偏った食事は肥満を生み出し、あるいはどんどん細く不健康になっていきます。

 

食事はバランスよくとるのがいちばんいいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

それと同じように、わたしたちの心の食事も重要です。

 

わたしたちが普段どんな生活をしているのか。

 

この社会で生きていくと、いろんな影響を受けていきます。そのひとつひとつが心の食物となり、形作っていきます。

 

 

 

あなたの心を満たしているのは、王が食べるようなこの世の喜びでしょうか。それとも主が与えるみことばでしょうか。

 

いま考えてみてください。あなたの心は、どちらの満たしの方が多いですか。

 

 

 

 

自分の心を見てみたら、それは思っていたよりも不健康かもしれません。一時的な快楽は、心によくありません。

 

本当の食物を食べていきましょう。それは、主のことばです。

 

わたしたちの心に良く、本当に満たしてくださるのは神さまであって、神さまの思いです。この世のものっていうのは、一時的な満たしでしかないのです。

 

結果、虚しくなるという経験はないでしょうか。

 

神さまが与えてくれる満たしは、決して乾くことがありません。

 

 

 

 

 

 

ダニエルが連れてこられたとき、最初は王様が食べるご馳走を食べるという選択しかありませんでした。でも、ダニエルは「それは食べません!」という決断をしたんです。そのことによって、ダニエルがとるべき食事をとることができたのです。

 

 

自らの意思で決断することが大切です。主を選び取っていくのです。この世で「良し」とされている一時的なものにストップをかけるのです。

 

それがわたしたちを本当に育てます。

 

 

他人の強制では続きません。自分の意思で決断することが重要です。

 

 

 

 

 

 

決断したときに、神さまは「よし、じゃあ後は頑張ってね」と放っておく方ではありません。神さまは必ずそれを成し遂げることのできる「力」を与えてくれます。

 

 

9神は宦官の長に、ダニエルを愛しいつくしむ心を与えられた。

 

これはダニエルの決断を成し遂げるための、神さまの後押し、プッシュでした。ダニエルがそのように自分の心を守るために決断したときに、神さまは応えてくださいました。

 

 

 

 

 

 

日々の生活において、主の言葉よりも、自分の好きなことや一時的な快楽に時間を注いでしまうときがあると思います。でも、わたしたちがいちばん大切にするべきこと、心が本当の意味で満たされることは、主のことばです。

 

 

「あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です。」詩篇119:105 

 

 

 アーメンです。

 

みことばを心に日々蓄えていくことによって、これからの人生という道を歩んでいくときに、それが光となり、道を照らしてくれます。時に問題の解決を与え、時に励ましてくれます。

 

 

みことばを心に留めておく、日々、触れていく。

 

そのときに、いちばんしんどいときに、みことば思い出すことができます。

 

 

 

 

 

 

 

毎日のデボーションをないがしろにしないでください。

 

みことばを受け取っていくべきで、そのみことばから語られることを握っていくべきです。

 

 

聖書に触れる、神さまのことばに触れるという生活をしないと、みことばを日々の食事としてとらないと、世に出たときに心が侵食されてしまうのです。

 

 

いま、心の中がどっちの割合が多いか、もう一度あらためて考えてみてほしいです。

 

この世のもので満たされているのか、それとも主のことばで満たされているのか。

 

それが、いま必要なことです。

 

 

 

 

決断していきましょう。

 

 

主のことばだけがわたしたちを満たしていきます。

 

 

主のことばを食事として、日々、とっていきましょう。