マタイの福音書21:28−46



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このブログは2017年12月31日をもって、新ホームページに移転します。

 

「家を建てるものたちの見捨てた石。それが礎(いしずえ)の石になった。これは主のなさったことだ。私たちの目には、不思議なことである。」42

 

この「礎の石」とはイエスさまのことだ。家を建てるのに一番必要なものが「いしずえの石」。私たちは今日を生きるために、「人生」という家を建築していくために、何を一番必要としているか。人気か。成績か。お金か。恋人か。

 

「イエスさまは必要じゃない」そう言って、十字架につけたのは私たちだ。捨てられ、十字架にかかって死んだイエスさまは、その十字架の上で言った。

 

「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているか自分でわからないのです。」ルカ23:34

 

想像できるすべての暴言を尽くして自分をのろう人を目の前に、一体だれがゆるしを祈れるだろう。イエスさまは最後まで愛だった。わたしたちはすぐ「くれない族」になる。「愛してくれない」「受け入れてくれない」「認めてくれない」

 

でもイエスさまは違った。最後まで「受けること」ではなく「与えること」に尽くした。

 

その生涯の「最後」は「最後」にならず、死からよみがえって永遠のいのちを与えた。

 

わたしたちはなんて愛されているんだろう。なんて幸せ者だろうか。このお方が今日もともにいる。「くれない族」ではなく愛を与えるものとして生きよう。

 

「受けるよりも与えるほうが幸いである。」使徒の働き20:35

 


P.S.祈りのリクエストがある人はいつでも連絡待ってます。

 

 

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