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マタイの福音書20:20ー21:11

 

「すると、イエスは立ち止まって、彼らを呼んで言われた。『わたしに何をしてほしいのか』。彼らはイエスに言った。『主よ。この目をあけていただきたいのです』」32−33

 

目の見えない男がいた。いつから見ることができないのだろう。美しい景色も、愛する人も見る事ができない。

 

彼が叫んでイエスさまを求めた。それだけイエスさまにうえ渇き、すがるような思いだった。

 

立ち止まったイエスさまはおもしろいことを聞く。「何をしてほしいのか?」。だれが見ても、盲目なのはわかる。しかし、本人に「あなたはわたしに何をしてほしいのか」と。

 

彼の求めていること「今、食べられるもの」でもなく、「お金」でもなかった。「目が見えるようになる」という、ちょっと現実離れした、根本的な解決だった。でも、結果は「彼の目をさわられた。すると、すぐさま彼は見えるようになり、イエスについていった」(34)だった。

 


主はわたしたちの告白を重んじられる。主に告白しよう。それも、一時的な解決ではなく、根本的な解決を大胆に求めよう。

 

主をあきらめてはいけない。主はあきらめていないからだ。「あなたの信じたとおりになるように」と言われる主に、信仰の告白の祈りをしていこう。

 

「わたしは主、あなたをいやす者である。」出エジプト記15:26

 


P.S.祈りのリクエストがある人はいつでも連絡待ってます。

 

 

 

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