マタイの福音書19:1−30

 

「イエスは彼らをじっと見て言われた。『それは人にはできないことです。しかし、神にはどんなことでもできます。』」26

 

あなたは「救い」をどこに求めているだろうか。だれに求めているだろうか。

 

19章を読むと、若ものが「救いを得るには何をしたらいいですか?」と聞いている。弟子たちは「あんなに良い行いをしている若ものがダメなら、だれが救われるんですか?」と聞いている。

 

僕たちは実はイエスさま以外の色んなものに「救い」を求める。自分のよい行い。お金。偉い人。地位。権力。成績。「人」や「良い行い」、それらをいくら積み重ねても、わたしたちを救うには足りないんだ。なぜなら完璧な人もこの世にいなければ、完璧になることもできない。

 

イエスさまは言った。 「なぜ、良いことについて、わたしに尋ねるのですか。良い方は、ひとりだけです。」17

 

わたしたちが素晴らしいから救われるのではない。イエスさまが良いお方であるから、わたしたちも救われるんだ。愛される理由はイエスさまにある。救う資格はイエスさまにある。

 

だから有限な自分ではなく、無限のイエスさまを見つめて歩もう。救われるためにがんばるのではなく、救われたものとしてがんばろう。

 

「主を信頼するものは決して失望させられることはありません」ローマの信徒への手紙9:33

 

P.S.祈りのリクエストがある人はいつでも連絡待ってます。

 

 

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