マタイの福音書5:21ー48

 

「気の合う友達とだけ親しくしたところで、ほかの人とどこが違うと言えるでしょう。神を信じない人でも、そのくらいのことはします。ですから、あなたがたは、天の父が完全であるように、完全でありなさい。」47−48

 

 

あなたは「自分は本物だ」と思うことがあるかな?「自分は完璧だ」と思うだろうか。

 

イエスさまは今日のところで「本物」について語っている。

「ルール(律法)を守っていれば本物、完璧でしょ」と思う人が大勢いたからだ。

 

僕たちも「人に迷惑をかけなければいいでしょ」と思う。

でも、イエスさまは表面的なことではなく、本質を語った。

 

 

人を殺さなくても、心の中で怒りに燃えるなら偽物だ 。

不倫や浮気をしなくても心の中で情欲を抱いて異性を見るなら偽物だ。

どんな小さな約束であっても誓って果たせないなら偽物だ。

自分の敵を愛し、迫害してくる人のために祈れないならあなたに愛はない。

 

 

 

そんな偽物で、欠けだらけで、罪人の中の罪人である僕たち。

 

でも、だからこそイエスさまが来てくれたんだ。十字架のうえで「父よ、彼らをおゆるしください」と祈ったイエスさまはまさに、敵のために祝福を祈るようなお方だった。

 

イエスさまが、本物だ。

 

自分には本物がないことを知り、本物である方を見つめよう。不完全な自分ではなく、完全な方を見つめよう。「良いこと」ではなく「良いお方」をまず求めよう。

 

唯一、私たちの罪をゆるすことがおできになる、権威ある全能のお方、愛とめぐみそのものである方を、今日も見つめてあゆむなら希望がある。

 

本物を知る人だけが、本物の歩みをしていく。

 


P.S.祈りのリクエストがある人はいつでも連絡待ってます。

 

 

 

 

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