読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

その名はインマヌエル

DEVOTION

f:id:shinseigroup:20161220184614p:plain

 

 

 

 

 

さあて、クリスマスはいよいよ来週です!

 

 

主役のいない誕生日なんてありえません!

 

主を歓迎する準備をしていきましょう! 

 

 

日々、神さまへの感謝があふれます。主のなさるわざは、不思議と奇跡でいっぱいです。

 

 

 

 

 

 

今日のメッセージは、マタイの福音書1:18−25からです。

 

18イエス・キリストの誕生は次のようであった。その母マリヤはヨセフの妻と決まっていたが、ふたりがまだいっしょにならないうちに、聖霊によって身重になったことがわかった。 19夫のヨセフは正しい人であって、彼女をさらし者にはしたくなかったので、内密に去らせようと決めた。 20彼がこのことを思い巡らしていたとき、主の使いが夢に現われて言った。『ダビデの子ヨセフ。恐れないであなたの妻マリヤを迎えなさい。その胎に宿っているものは聖霊によるのです。 21マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。』 22このすべての出来事は、主が預言者を通して言われた事が成就するためであった。 23『見よ、処女がみごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。』(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。) 24ヨセフは眠りからさめ、主の使いに命じられたとおりにして、その妻を迎え入れ、 25そして、子どもが生まれるまで彼女を知ることがなく、その子どもの名をイエスとつけた。」

 

 

メッセンジャーは、札幌新生キリスト教会の牧師でありながら、

ナイトdeライトのドラマーでもある田中満矢さんです。

 

 

 

犬のおまわりさん

 

 

ナイトdeライトの曲づくりをしていくなかで、

もっとも苦悩し、辛いプロセスは、「歌詞を書くこと」。

 

 

難しい。

 

作文になってしまってもダメだし、限りられたワードの中で言葉以上のものを、時には行間で伝えたり、言わずして伝えたり。様々な壁にあたります。

 

 

そんな時。

衝撃的な歌詞に出会いました。

 

 

 

 

『いぬのおまわりさん』 

  

まいごのまいごの こねこちゃん

あなたのおうちは どこですか

おうちをきいても わからない

なまえをきいても わからない

ニャンニャン ニャニャーン

ニャンニャン ニャニャーン

 

 

 

 

これは危機的状況です!!

 

 

迷子のこねこちゃんがいるんですね。

 

 

 

迷子センターにいったとしても、

 

「あなたのおうち、どこ?」 「わかんない」

 

まぁ、それならしょうがない。

 

 

「お名前は?」「わかんない!」

 

これはどうしようもありません!! アナウンスをかけようにも、かけられない。

 

 

 

 

ないてばかりいる こねこちゃん

 

 

 

絶体絶命のそのとき…

 

 

 

 

 

来ました!!!!!!

 

主人公! 犬のおまわりさん!!!!

 

 

 

 

 

 

いぬのおまわりさん こまってしまって

ワンワンワンワーン ワンワンワンワーン

 

 

これただ困ってるだけやないかーい!

 

なんの解決にもなってないじゃないかーい!

 

 

 

 

 

 

しかしですね。

 

 

この歌には2番があるんです。

 

 

さて、期待して聞いてみましょう。

 

 

 

 

まいごのまいごの こねこちゃん

このこのおうちは どこですか

 

 

 

犬のおまわりさんちょっと頼りにならないんで、他の人にも聞いてみましょう。

 

 

 

からすにきいても わからない

すずめにきいても わからない

 

 

なぜか鳥類に限定。

 

 

ニャンニャン ニャニャーン

ニャンニャン ニャニャーン

ないてばかりいる こねこちゃん

 

こねこちゃんも泣いたままです。

 

 

 

絶体絶命のそのとき…

 

 

 

 

 

来ました!!!!!!

 

主人公! 犬のおまわりさん!!!!(アゲイン)

 

 

 

 

 

 

 

いぬのおまわりさん こまってしまって

ワンワンワンワーン ワンワンワンワーン

 

 

 

ダメやないかーい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こねこちゃん。

 

家もわからなくて、名前もわからない。 助かる方法が一つだけあるんです。

 

 

 

それは、親が迎えに来ること。

 

親はこの子の帰る場所を知っている。帰り方もわかってる。名前もちゃんと知っています。

 

 

なぜ?

 

 

この子に名前を与えたのは親だからです。

 

 

 

 

 

 

クリスマスの出来事と同じなんですね。

 

この迷子のようなわたしたちを迎えに来てくださった方がいた。

 

 

 

 

放蕩息子の話、知っている人多いと思います。

最終的に、息子は親に向かって、自分の事を雇人の一人だって言いました。

父から、お金だけが欲しいといって、浴びるようにお金を使った息子。

 

  

わたしたちもそうじゃないですか。

 

誰もこの環境頼んだわけでもないのに、自然や空気が与えられています。

 

空気税なんて払っていない。

 

この自然も、この家族も、すべて神さまが与えてくださった。

 

 

 

 

 

 

でも、わたしたちは「いや、神なんていないよ」と平気で口に出します。

 

クリスチャンだったとしても、神さまと距離をつくってしまいます。

 

罪とは、神さまとの距離のことをいいます。

 

 

 

 

放蕩息子では、結果的に、罪の症状として「雇い人の一人です。」と親に向かい言うんです。

 

 

親は、どう思うでしょうか。

  

「何言ってんだよ… お前はわたしの子じゃないか!」

 

 

 

 

 

 

 

神さまとの距離が離れるたび、わたしたちは自分が誰なのか、

自分の存在の意味がわからなくなってしまう。

 

迷子になってしまいます。

 

 

この国では、自分の存在に意味がないと本気で思って、自ら命を絶つ人が1日90人以上います。おおよそ15分にひとりです。

 

 

思ったこと、ありませんか。

 

 「自分って、いてもいなくても変わらない」「自分のいることで、悪影響になってないかな」

 

 

 

 

 

それは嘘ですよ。

 

 

 

 

 

それは、自分の存在を自分が一番わかっていないんです。

 

 

 

 

 

 

あなたの価値、あなたは誰なのかを知っておられるのは、天の父です。

 

それを教えたくて、神さまが人の子として来てくれました。

 

 

わたしたちが一番必要なのは、イエスさまです。

 

 

 

 

 

それでも、わたしと一緒にいてくださる主

 

 

インマヌエル=神は我々と共におられる

 

 

明治42年に起こった、塩狩峠での鉄道事故

鉄道の連結器が外れて客車が暴走しかける事故がおこりました。その車両に乗り合わせていた、クリスチャンである職員の長野政雄さんはみんなを励まし続けました。しかし、止まらない列車。

最終的に、長野さんがとった行動は、自分の身体を身代りにして、列車の下敷きになって、命をかけ、暴走する客車を止めるということでした。

 

 

 

なぜ、長野さんが乗客たちの命を救うことができたか。

 

それは、彼が乗組員の一員だったからです。

 

一緒にその状況にいたからです。

 

 

 

 

イエスさまがなぜ地上に来てくれたのか。

 

同じです。

 

 

 

わたしたちも一直線に罪に向かっていきます。

 

嘘をつく。人を嫌う。許さなくなる。

 

 

 

なぜか。

 

 

 

 

聖書に書いてあるとおり、わたしたちは罪人だからです。

 

パウロもいいました。「わたしが願っていないことをこの身体がやってしまう!」(ローマ人への手紙7:15−21

 

罪は、一直線に向かう暴走車のようです。

 

 

 

 

 

しかし、イエスさまはそれでもあなたを見捨てずに、助けようとしてくださっている。共にいてくださる。

 

イエスさまは、わたしたちの底辺に寄り添ってくださいます。

 

 

 

こんなことって考えられますか?

人間には理解し尽くせないほど大きな愛。それが主の愛です。 

 

すばらしい主に立ち返っていきましょう。

 

 

 

それでも、わたしは主に誠実をささげる(ヨセフ)

 

 

喜びの知らせに対して、ヨセフの反応がありました。(マタイの福音書1:19ー24

 

マリアが身ごもっていたんです。

 

 

 

あなたの婚約者が身ごもっていたらどうですか?

「誰の子だ!」ってなるでしょう。落ち込むでしょう。

 

ヨセフもそうでした。

 

 

 

当時の法律によって、ヨセフはマリアを石打ちの刑にさせることもできました。

 

しかし、ヨセフは正しい人でした。愛することを選択する人だった。

だからこそ、戸惑いもあったが、表ざたにせずに、そっと縁を切ろうと決心しました。

 

男気ありますよね。

 

 

 

 

 

 

神さまは、神の前に誠実なお方を見捨てたりなどしません。

 

 

 

わたしたちはいつも、愛することに戸惑う。

正しいことができないとき、愛せないとき、正当な理由があるんだもん!

 

確かにそうかもしれない。

それでも、それでも、

 

愛することを選ぶものでありましょう!

 

 

 

 

ヨセフは「恐れずに、迎え入れる」という神の言を信じようと、決心しました。

 

戸惑いがあったとしても、神の前に誠実になっていきましょう。

 

神さまはあなたを絶対に見捨てないお方です。

 

 

 

それでも、わたしは主に従順をささげる(マリヤ)

 

 

関連記事

shinseigroup.hatenablog.com

 

 

 

マリヤの反応。

 

 

「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」ルカの福音書1:38

 

 

マリヤだって、戸惑いはありました。

 

「どうしてそのようなことになりえましょう。私はまだ男の人を知りませんのに。」ルカの福音書1:34

 

 

 

主の言葉を聞いていくとき、疑いもあります。矛盾だって感じるでしょう。

 

それでも。 あなたの言葉ならば、そのとおりになっていきますように。

 

 

 

 

 

御言葉がわたしたちの人生をかたちづくっていく。

 

 

主の考えはわたしたちの計画をはるかに超える! 偉大で、すばらしい。

 

「天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。」イザヤ書55:9

 

 

 

 

 

救い主の誕生は、もっとも貧しい羊飼いに、まず伝えられた。

  

悲しみの知らせではなく、喜びの知らせ! GOOD NEWS!!

 

メシアが、わたしたちを罪から救ってくださる。

 

 

 

 

 

 

 

マリヤは自分の産んだ子が世を罪から救っていく救い主だと聞いて、「アーメン」とはいってません。

 

「しかしマリヤは、これらのことをすべて心に納めて、思いを巡らしていた。」ルカの福音書2:19

 

マリアは、たくさんの葛藤がありましたが、全てを心に納めていました。

わたしたちの疑い、戸惑い、それを心に納めて、神の言葉を聞いて、思いめぐらしていきましょう。

 

 

  

 

デボーションと同じです。

毎朝、神の言葉を自分の気持ちを全て心に納めて、1日、その御言葉を思いめぐらしていく。

 

 

 

 

 

Challenge

 

クリスマスに向けて、神にこの身を立ち返っていきましょう。

あなたの命のパンを受け取り、御言葉を受け取っていきましょう。

主が語ってくれたことを心にとめていきましょう。

 

 

 

 

 

主とこれからも歩んでいきます!

 

 

この感謝の日に、ハレルヤ!!

 

 

 

 

あわせて読みたいクリスマスの記事 

 

shinseigroup.hatenablog.com 

shinseigroup.hatenablog.com 

shinseigroup.hatenablog.com

shinseigroup.hatenablog.com