輝かしい日が来る前に

 

今日のメッセージは、使徒の働き2:17ー21からです。

 

17「神は言われる。終わりの日に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたがたの息子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る。 18その日、わたしのしもべにも、はしためにも、わたしの霊を注ぐ。すると、彼らは預言する。 19また、わたしは、上は天に不思議なわざを示し、下は地にしるしを示す。 20主の大いなる輝かしい日が来る前に、太陽はやみとなり、月は血に変わる。 21しかし、主の名を呼ぶ者は、みな救われる。」』

 

 

 

 

神さまは僕たちを限りなく愛してくださっています。

 

それなのに僕たち人間は、恵みを受ければ受けるほど、信仰が薄れてしまってはないでしょうか。

 

 

「今、十分しあわせで満ち足りているんで、神さまとかいいっすわ。」

 

 

そう思ってしまってはいないでしょうか。聖書ではっきりと、このような思いは罪であると書かれています。

 

忘れてはならないのは、神さまは愛であると同時に義であるということ。

 

不義は許されないお方です。

ノアの時代がそうであったように、いつか裁きの時が来ます。

 

 

その時までに、今、僕たちにできることをあらためて考えていこう!

 

 

教会を建て上げる

 

ノアの大洪水の時、ノア一家を助けたのはなんだったでしょうか。

 

それは、箱舟です。

 

箱舟とは、教会のことです。

 

 

教会をしっかりと建て上げていくこと。内からも外からも、いかなる洪水にも負けないように、教会員全員で祈り、仕えていくこと。

 

マッチ1本程度の火ならば、ふっと息を吹きかければ消えてしまうかもしれません。でも、そのマッチが何本も束になれば・・・。教会の祈りも同じ!

 

 

また、聖書には、実にわかりやすく教会を建て上げるとはどういうことかが書かれています。

 

 

「キリストによって、からだ全体は、一つ一つの部分がその力量にふさわしく働く力により、また、備えられたあらゆる結び目によって、しっかりと組み合わされ、結び合わされ、成長して、愛のうちに建てられるのです。」エペソ人への手紙4:16

 

 

キリストのからだ(すなわち教会)は、

 

①力量にふさわしく、

②しっかりと組み合わされ、結び合わされ、

③愛のうちに建て上げられていきます。

 

 

 

内なる教会を建て上げる

 

裁きのときまでに、救われてほしい人がいるんだ!

おねがい神さま、その人の救いの日まで待ってください!

 

 

他人を救いたいならば、自分が本当の意味で救われる必要があります。

 

 

それは、内なる教会を建て上げるということです。 

 

 

ここである夫婦の話をひとつ。

 

妻はクリスチャンで教会に通い、夫はキリストを拒むような人でした。

妻がいくら教会に誘っても、夫の言い分は「神を求めるなんて、何がそんなに不満なんだ。今の状況で十分しあわせじゃないか」。

・・・ある晩、夫はふと目が覚めます。そして隣の妻の寝顔が目に入ります。

その瞬間、夫はこう思いました。

「ああ、なんて平安に満ちた寝顔だろうか!!」

それから夫は妻と一緒に教会に行くようになったそうです。

 

 

寝ながらにして、伝道ができる!こんなにいいことないよ!笑

 

 

本当の意味で神さまに出会った人は、本当の意味で救われた人は、

 

周りが不思議に思うほどの、平安があります。それは、神さまからくるものです。

 

「この人は、他の人とは何かが違う!!」

 

そう思われたらチャンス!「それはイエスさまだよ」と導いていきましょう。

 

 

生き様を通して、あかしびとになっていきましょう!

 

 

わたしがきよい水をあなたがたの上に振りかけるそのとき、あなたがたはすべての汚れからきよめられる。わたしはすべての偶像の汚れからあなたがたをきよめ、あなたがたに新しい心を与え、あなたがたのうちに新しい霊を授ける。わたしはあなたがたのからだから石の心を取り除き、あなたがたに肉の心を与える。」エゼキエル書36:25−26

 

 

祈りのレッスン

 

「主の大いなる輝かしい日が来る前に、太陽はやみとなり、月は血に変わる。しかし、主の名を呼ぶ者は、みな救われる。」使徒の働き2:20−21

 

太陽がやみのように感じられるとき、月が血に変わっていくようなとき

僕たちは時に祈れなくなります。

 

「神さまがいるならどうしてこんな辛い目に合わなくちゃいけないんだ!」

 

そう思う日もあるかもしれません。

 

 

でも、僕たちが忘れてはいけないのは、

 

「主の名を呼ぶ者は、みな救われる」という約束です。

 

 

「主の名を呼ぶ」とは、祈りのこと。

こんな状況だからこそ!主に信頼を置く。答えが出るまで祈り抜く。

 

神さまは天のお父さまですから、時に僕たちを訓練します。

これは、ある意味で祈りのレッスンなのではないでしょうか。

 

僕たちが、しっかりと祈れるように。

どんな状況でも祈れるように。お父さまが与えたレッスン。

 

 

ああ、なんて恵み深い神さまなんだろう!!

 

 

 

今日は、少し難しいような内容を、わかりやすく語ってくださいました。

核心をつくメッセージでした。

 

 

祈りの課題

 

・これからの歩み、僕たちがふさわしく生きていきことができますように。

・主の名を呼び続けることをあきらめることのありませんように。

 

 

 

アーメン!!