ルカの福音書16:1−18

 

「ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。ごく小さな事に不忠実な者は、大きなことにも不忠実である」10

 

1円玉を粗末に扱うものに、1万円札をわたさないだろう。一人を粗末に扱うものに、100人は任せられない。

 

大きなものを動かしていくために、目の前にある小さなことに忠実になろう。それはいつも、神の前に正しく生きるという事だ。主のまえにベストを尽くそう。

 

 

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ルカの福音書15:1ー32

 

「イエスの教えを聞きにくる人たちの中には、あくどい取り立てをする取税人や札つきの悪党が、かなりいました。ユダヤ教の指導者や法律の専門家は、イエスがそういう問題の多い人々とつきあい、時には食事までいっしょにするのを見て、不平をもらしました。」1−2

 

イエスさまは「正しそうに見せる人」よりも、「自分が罪びとであり、問題を抱えていると認める人」といっしょに行動し、ご飯を食べたり、時間を過ごしたりした。なぜなら、「自分は正しい!」とか「自分はあの人よりマシだ!」と心がたかぶっている人は、イエスさまを必要としないからだ。

 

高ぶった心の行き着く先は争いやねたみ、自己中心や怒りだ。でも、自分の罪に泣き、弱さにうめき、「イエスさまが必要です!」と叫べるなら、あなたはなんて幸せ者なんでしょう!と聖書はいう。

 

「心の貧しさを知る謙そんな人は幸福です。天国はそういう人に与えられるからです。悲しみ嘆いている人は幸福です。そういう人は慰めされるからです。柔和で高ぶらない人は幸福です。全世界はそういう人のものになるからです。」マタイ5:3−5

 

正しい人ではなく、罪びとを救うためにイエスさまがいる。健康な人ではなく、病人を癒すためにイエスさまがいる。

 

今日、「今もあなたが一番必要!」と賛美しながら歩もう。すべての困難を、主へのうえ乾きへと変えよう。そうすれば、人生の土台が人のことばや自分の考えではなく、ゆるがない愛と真実のキリストのことばとなる。岩の上に立とう。

 

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「復活への道ー6」マタイの福音書28:1ー15

 

スペシャルデボメです。

イエスさまが十字架に向かう毎日を読んで、イースターに備えよう。

 

今日は第八日(日曜日) 「イースター(復活)」マタイ 28:1-15、

 

「そこで祭司長たちは民の長老たちとともに集まって協議し、兵士たちに多額の金を与えて、こう言った。『夜、わたしたちが眠っている間に、弟子たちがやって来て、イエスを盗んで行った』と言うのだ」

 

確かに死に、確かに墓にほうむられたイエスさまは、日曜日の朝よ、死を打ち破ってよみがえった。それが起こらないように番をしていた兵士たちは復活を目のあたりにした。

 

しかし、ウソの情報を流せと命令を受けた。多額の金をもらって彼らはウソをついた。「イエスはよみがえってなんかいない。墓に遺体がないのは弟子たちが盗んでいったからだ」と。しかし、弟子たちは「イエスさまは復活した!」と見たままの真実を証しした。

 

二つの矛盾した話しが町中に広まった。一体どちらの話しが信じられるだろう。

 

死んだ人が生き返る。それは、この世でもっともありえない話しだ。もっとも信じられない話しだ。兵士たちが流した情報のほうがよっぽど妥当で、よっぽど信じられる、真実みのある話しだ。

 

それなのに、あれから2000年たった今、世界中は「イエスは死からよみがえった」と信じている。真実みのあるウソよりも、ウソのような真実が勝利したんだ。

 

それはなぜか。弟子たちが復活の主と出会ったからだ。人のうわさでも、妄想でもない。確かにこの目で生きておられるイエスさまを見たからだ。聖霊に満たされてこの復活の主を証ししたから、その証しには力があった。全世界を変えた。

 

わたしたちも確かに今も生きておられるイエスさまに出会うことができる。いや、出会わなければいけない。その出会いは人生を変える。主を求めよう。主はかならず応えてくださる。なぜなら、生きておられるからだ。

 

 

今日は希望の日。主を祝い、主を喜ぼう!

 

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