マルコの福音書15:22−47

 

「それから、イエスは大声をあげて息を引き取られた。」37

 

陰口を聞いたら陰口を言いたくなる。ののしられたら、ののしりたくなる。叩かれたら叩き返したくなる。「目には目を。歯には歯を。」だ。

 

そうじゃないとフェアじゃない。当然の反応だ。でも、イエスさまは十字架の上で、自分をムチ打ち、裏切り、罵倒する人々にむかってこう言った。

 

「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」ルカ23:34

 

悪に悪をもって返すのではなく、悪に善をもって返した。憎しみに憎しみではなく、愛とゆるしで返したこのお方はなんだろう。そしてこう叫んだ。

 

「完了した」ヨハネ19:30

 

それは、支払い切ったという意味だ。それは、「あなたの罪の返済額の残りはもう1円もない」ということ。完済ということ。負債のローンは残っていないということ。それほど、この罪のない、完全な清さと愛のお方が「罪人の一人に数えられた」。それは私たちの罪がゆるされるためだった。


最後まで呪いの言葉ではなく、赦しの言葉を叫び続けたこのお方はなんだろう。命がつきるまで、私たちを非難する言葉ではなく、愛を叫び続けたお方。「捧げなさい」という神はたくさんいる。でも、「命を捧げた」神はお一人しかいない。

 

「神は愛です」1ヨハネ4:8

 


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マルコの福音書15:1−21

 

「群衆はまた叫んだ。『十字架につけろ』。」13

 

この群衆は、つい数日前には自分の服を道にしいて、「主よわたしたちを救ってください!主の名によって来られる方!」とイエスさまへ賛美の声で叫んだ群衆だった。

 

人の言うこととは何と変わりやすいことか。それなのにわたしたちは何と人の言うことに振り回されやすいか。人の意見、考え、価値観は変わりやすい。

 

人のことばに一喜一憂するのはやめよう。決して変わらないもの、決してゆるがないもの、決して矛盾しない真理、それが神さまの言葉だ。

 

「山が移り、丘が揺らぐこともあろう。しかし、わたしの慈しみはあなたから移らず、わたしの結ぶ平和の契約は揺らぐことはないとあなたを憐れむ主は言われる。」イザヤ54:10

 

不動の山が移ることがあっても、神様の愛はあなたから移ることはない。変わることがない。イエスさまは十字架から降りる力も権威もあったのに、その力によって十字架にとどまりつづけてくれた。

 

変わらない神のことばを土台として生きる人は、決して揺るがない土台に家を建てる人のようだ。どんな地震や嵐がやってきても崩れることがない。その人の叫びは文句でも呪いでもなく、感謝と賛美となる。

 


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主の計画

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今日のメッセージは、エレミヤ書29章11節からです。

 

「わたしは、あなたたちのために立てた計画をよく心に留めている、と主は言われる。それは平和の計画であって、災いの計画ではない。将来と希望を与えるものである。」

 

神様の計画がある

 

 私たちは、いつも何かしらの計画を立てて生きています。旅行の計画、テスト勉強の計画… しかし、私たちの計画のすべてがうまくいくとは限りません。

 

それも当然でしょう。不完全な人間がつくった、不完全な計画なんですから。

 

 

しかし、聖書は、主が私たちのために計画をもっておられると言っています。主は完全な方ですから、これは完全な計画です。

 

しかも、「平和の計画」「将来と平安を与える」希望の計画なのです。

 

 

 

では、その計画はいつから始まっているんでしょうか?

 

エレミヤの召命の場面にその答えが書いてありました。

 

  

「4主の言葉がわたしに臨んだ。5『わたしはあなたを母の胎内に造る前からあなたを知っていた。母の胎から生まれる前にわたしはあなたを聖別し 諸国民の預言者として立てた。』」エレミヤ書1:4-8

 

 

神様は、成長したエレミヤを見て、預言者とされたわけではありませんでした。

 

神様は、エレミヤがまだ生まれる前、胎児として母親の胎内に宿るその前から、彼を預言者として定めておられました。

 

 

 

 

つまり、神様は私たちが生まれる前から、私たちに対する計画を立てておられるのです。

 

 

 しかも、その計画は変わることがありません。

 

 

 

私たちがその計画に従って歩むとき、私たちの人生には「平和」と「希望」がやってきます。

 

 


私たちは、神様のもつ計画、御心がわかった時には、従順に従っていきましょう!

 

 

 

 

神様の計画を知る

 

では、どうやってその計画を知ることができるのでしょう?


神様の計画、神様の御心を知っていくための3つのポイントを紹介します。

 

①祈り求める


第一のポイントは、御心を「祈り求める」ことです。

 

聖書の中で神様は、「求めなさい」とおっしゃっています。

 

「求める」ことは、すでに用意されているたくさんの祝福を、神様からいただく唯一の条件なんです。

 

 

求める方法として、私たちには「祈り」が与えられています。

祈りとは、神様との会話。神様と個人的な時間を過ごすことです。

 

 

神様は、私たちを祝福したいといつも思っておられます。

私たちが、神様の計画とその祝福を求めることを、いつも求めておられます。

 

 

祈りの中で、神様の御心を求めていきましょう。

 

 

②聴く


「聞く」ではなく、「聴く」です。

耳を傾けて、神様の声に焦点を合わせることです。

 

さきほども言ったように、祈りは神様との会話です。会話とは、キャッチボールです

 

  

つまり投げっぱなしではいけません。

神様からの応答を、しっかりと受け止めなければなりません。

 

 

その応答はいつ来るかわかりません。

いつ来てもいいように、どんな時も神様に焦点をあてて、しっかりとその声をキャッチすることが大切です。

 

 

 

③探し見つけ出す

 

神様からの贈り物は、実は私たちの内側にも隠れています。

それが「賜物(タラント)」です。

 

自分に与えられている賜物は、神様からの計画を達成するために必ず必要になってくるものです。

 

 

賜物は、じっと座っていたってわかるものではありません。動いてみて、使ってみて、はじめてその存在を発見できるのです。

 

私たち、自分の賜物がなにかを探し、そして発見していきましょう。

 

 

 

上の3つのポイントには、すべて「~続ける」という言葉をつけることができます。

 

私たちは、

「祈り求め続け」

「聴き続け」

「探し見つけ続け」ることをしていかなければなりません。

 

 

「継続は力なり」です。

 

神様からの計画がいつ私たちに示されるか、それは私たちにはわかりません。

ですから、いつもそのことをしていきましょう。

 

 

 


私たちは、神様から与えられる計画、ビジョンがあります。

 そして、与えられた仲間、神の家族がいます。

 

ビジョンが示されたら、是非それをともに分かち合い、ともに祈り、また行動していきましょう。それは平安と希望を与える計画ですから。

 

 

ともにその平安と希望を受け取っていきましょう。

 

 

 

 

主に信頼!!!!