2コリント人への手紙10:1ー18

 

「誇る者は、主を誇りなさい。」17

 

できること、得意なことは人それぞれ違う。人を自分のものさしで測って評価するのはやめよう。

 

自分はあの人よりもできる!と誇るのは本当に恥ずかしく愚かなこと。自分はあの人よりもできない!と卑屈な思いになるのは神さまが与えてくれた多くの賜物をなかったことにしているのと同じだ。

 

大切なのは、神さまのプランを実行するものになることだ。それは「自分ができるから」歩める道ではなく、「神さまが推薦してくれるから」歩める道だ。

 

人間からの良い評価は嬉しいけれど、一時的なもの、儚いもの。だから、永遠なる主に推薦されるような人になろう!

 

【チャレンジ!】今の心のものさしは自分のものか神さまのものかを考えてみよう。自分の価値観で自分や他人を評価している人は、神さまが自分たちをどう見ているのかを祈りの中で知ろう。

 

「自分で自分を推薦する人でなく、主に推薦される人こそ、受け入れられる人です。」18

 

 

2コリント人への手紙9:1ー15

 

「私はこう考えます。少しだけ蒔くものは、少しだけ刈り取り、豊かに蒔くものは、豊かに刈り取ります。ひとりひとり、いやいやながらでなく、強いられてでもなく、心で決めたとおりにしなさい。神は喜んで与える人を愛してくださいます。」9:6−7

 

農夫は刈り取った麦を、全部小麦粉にするようなことはしない。必ず次の収穫のために麦を残し、また地に蒔く。地に蒔いた麦は、雨と太陽の恵みを受け、倍以上の実をつけていく。

 

私たちが捧げものをすることは、麦を全て食べてしまわないで、地に蒔くようなものだ。それはさらなる祝福となり、さらに豊かなものとなって私たちに返ってくる。

 

神様が、誰かに何か与えなさいと言う時、捧げものをしなさいと言う時、それは私たちから何かを取り上げようとしているわけじゃない。もっと良いものを、もっと多くの祝福を私たちに与えたくて、神様は私たちにそう言う。


5つのパンと2匹の魚が、数千人を満たすほど増やされたように。主に信頼して捧げる時、私たちの捧げものも増やされていく。

 

それはお金だけの話じゃない。時間も、労力も、知識や知恵も。祈る時間を取ることは、あなたの時間を減らしはしない。聖書を読むことは、あなたの成績を下げはしない。


主に信頼し、主にゆだね、主に捧げる時、主は必要な全てを、そしてそれ以上の良いものを与えてくださる。

 

主は良いお方。この方に信頼しよう。

 

2コリント人への手紙8:1ー24

 

「だから今、それをやりとげなさい。あなたがたが心から願っているように、持っているところに応じて、それを、やりとげなさい。」

 

福音伝えたい!礼拝したい!

 

私は、神様のためにやりたいことがたくさんある。でも、ずーっと感じてきているのは、それを覆い隠すように違うものに目を向けさせられる力、サタンの力だ。

 

「今はそれいいじゃん?」「あっちの方が楽しそうだよ。」「宗教とか、恥ずかしくないの?」

 

いろんな声のような思いが、日々私を攻撃してくる。私は、とても気分屋だから、気分に乗れない時はとことん心から礼拝する力を無くしてしまう。

 

でも、最近、祈りの中で攻撃してくる思いを、「イエスキリストの御名によって、その思いを断ち切ります!」とただ祈り続けていたら、気分どうこうじゃなくなって、素直に神様を礼拝できた。

 

神様は、サタンなんかよりずっと強いお方!比べられないほど神様の方が大きい!

 

みんなも、神様からの言葉とか思いを持たされているけど、サタンの思いが入ってくる時があるはずだ。でも、サタンは思いしか与えることは出来ない。だから、大切なのは、すぐに神様の前に逃げることだ。

 

そのためにも、神の家族と一緒に見上げよう。私達はひとりじゃない。そして、なにより神様はどんなときでも、あなたの隣で手を握っていてくれる存在だ。

 

苦しい時も、悲しい時も、嬉しい時も、すべて知っている神様を見上げていこう。

 

「私はあなたがたを友と呼びました。なぜなら父から聞いたことはみな、あなたがたに知らせたからです。」ヨハネ福音書15:15